ヘリウム3とヘリウム4の混合液が低温で相分離する性質を利用し、ミリケルビン領域の極低温を連続的に得る冷凍機である。オックスフォード・インストゥルメンツの技術解説によれば、軽いヘリウム3に富む相が重いヘリウム4に富む相の上に浮かび、希薄相には絶対零度に至るまで6.4パーセントのヘリウム3が溶け込む。この有限の溶解度が希釈冷凍の鍵であり、混合室で濃厚相からヘリウム3が相境界を越えて希薄相へ移る際に吸熱が生じる。外部の液体ヘリウムを用いずに4 mK以下へ到達できる装置もある。
電磁場で真空中に捕捉したイオンの内部準位を量子ビットに使う方式。同一種・同一同位体のイオンは本質的に同一であり、コヒーレンス時間とゲート時間の比が高いことが利点とされる。2量子ビットゲートはイオン間で共有される振動モードを情報伝達のバスとして利用する。
直接相互作用したことのない二つの量子ビットの間にもつれを生成する操作である。二組のもつれ対からそれぞれ片側を取り出し、中間ノードでベル状態測定を行うことで実現する。量子中継器がもつれを長距離へ延伸するための基本原理であり、量子ネットワークの構成要素となる。
希釈冷凍機の内部のような極低温の環境で動作させるCMOS集積回路である。量子ビットを室温の制御装置と1本ずつ配線する構成は規模を大きくできないため、制御回路そのものを冷凍機の中へ入れて配線の本数を減らす狙いがある。QuTechとIntelは、3K(摂氏マイナス270度)で動作し、周波数多重により最大128個のスピン量子ビットを制御できるCMOS集積回路を設計・製造したとしている。
シリコン中の量子ドットに閉じ込めた単一電子のスピン状態を量子ビットとして使う方式。量子ビット間は交換相互作用で結合し、マイクロ波で制御し、ゲートを介した分散読み出しで測定する。
0か1をとる二値変数の二次式を最小化(または最大化)する定式化。等式・不等式の制約はペナルティ項として目的関数に組み込む。多様な組合せ最適化問題を同一の標準形で表現でき、量子アニーリングをはじめとする専用ハードウェアの入力形式として広く使われている。
単一光子、ビームスプリッタなどの線形光学素子、および射影測定のみを用いて量子計算を実現する方式である。2001年のKLMプロトコルにより、光子間の直接的な非線形相互作用を用いずとも、測定に基づく実効的な非線形性によってスケーラブルな量子計算が可能であることが示された。
大規模な量子計算機でも解けないと考えられる数学問題に基づき、既存の古典計算機とネットワーク上で動作する暗号方式。NISTは2024年8月13日に最初の3つの標準を確定した。鍵カプセル化のFIPS 203(ML-KEM)、電子署名のFIPS 204(ML-DSA)、予備として位置づけられるFIPS 205(SLH-DSA)である。
光の量子である光子を1個ずつ、必要なタイミングで高い効率をもって発生させる素子である。実装の一つに半導体量子ドットを用いる方式があり、レーザー励起で高い準位に上がった電子が元の準位に戻る際に光子を1個放出する。量子計算、量子ネットワーク、量子センシング、計測標準に用いられる。
レーザーで作る光ピンセットの配列に中性原子を一つずつ捕捉し、量子ビットとして使う方式。リュードベリ状態の強い相互作用(リュードベリブロッケード)でもつれを生成する。配列の形状はホログラフィック手法で任意に設計でき、ゲート回路によるデジタル方式とハミルトニアンを設計するアナログ方式の双方で計算できる。
ジョセフソン接合を非線形インダクタとして用い、エネルギー準位を不均一にした超伝導回路の量子ビット。広く使われるトランズモン型は接合を大きな容量で分流して電荷雑音への感度を下げた構成で、周波数5GHz程度に設計され、希釈冷凍機の20mK程度の環境でマイクロ波により制御・読み出しされる。
量子誤り訂正による保護を受けていない、50から数百量子ビット規模の量子計算機を指す語。Preskillが2018年の論文で提唱した。制約は量子ビット数ではなくゲート雑音にあり、雑音が結果を覆い隠すまでに実行できるゲート数は約1000程度と見積もられている。深い回路を要するアルゴリズムは動かせない。
半導体中の電子または原子核のスピンの向きを量子ビットとして用いる方式である。総説論文 Reviews of Modern Physics 95, 025003 (2023) は、スピンが電場の影響を受けにくい自然な二準位系であるため量子コヒーレンス時間が長く、量子ビットとして優れていると述べる。量子ビットの型は単一スピン、ドナースピン、シングレット・トリプレット、交換相互作用のみを用いるものに分けられる。初期はGaAs量子ドットでスピンの初期化・制御・読み出しが実現され、近年はシリコンとゲルマニウムで電荷制御と読み出しの改善や大規模化が進んでいる。
光子の量子状態を情報の担い手に用いる方式。光子は本質的に移動しやすく雑音が小さいため量子ネットワークとの親和性が高い一方、2量子ビットゲートの効率が低く資源のオーバーヘッドが過大になる点が長く課題とされてきた。集積化された光回路と光源・検出器の改良により状況が変わりつつあるとされる。
閉じ込め用の電極をすべて平面基板上に形成し、その上方の空間にイオンを保持する方式のトラップである。半導体の微細加工プロセスで製造でき、多数に分割した直流電極を独立制御することでイオンの搬送や複数領域への配置が可能なため、スケーラブルな量子情報処理の基盤とされる。
強い静磁場と静電場の組み合わせにより、荷電粒子を真空中に閉じ込める装置である。高速に振動する高周波電場を用いる方式と異なり静的な場のみで閉じ込めるため、数百個規模のイオンを単一平面の二次元結晶として保持できる。量子シミュレーションや量子センシングの実験系として用いられる。
ランダムに選んだ量子ゲート列を長さを変えながら適用し、誤り確率が系列長に対して指数関数的に減衰する様子から平均ゲート誤り率を推定する手法である。状態準備・測定の誤差の影響を受けにくく、量子過程トモグラフィより少ない測定回数で評価できるため、装置間の性能比較に用いられる。
最適化問題をイジング模型の基底状態探索に置き換え、量子ゆらぎを使って解を探す計算方式。1998年に門脇忠と西森秀稔が横磁場イジング模型を用いて提案した。横磁場を時間とともに変化させる操作が、古典的な焼きなまし法で温度を下げる操作に対応する。ゲート方式の汎用量子計算機とは目的も構成も異なる。
複数の物理量子ビットで1個の論理量子ビットを構成し、状態そのものを壊さずに誤りの兆候だけをスタビライザー測定で取り出して訂正する技術。代表的な表面符号は2次元配列と近接結合だけで実装でき、1操作あたり約1%までの誤り率を許容できるとされるが、論理量子ビット1個あたり多数の物理量子ビットを要する。
誤り訂正が使えない段階の量子計算機から有用な情報を取り出すため、ノイズを完全に除去するのではなく、測定の工夫や後処理によって誤りの影響を小さくする一連の手法。
量子状態の輸送を伴い、離れた当事者間で共有秘密ビット列に合意する手続き。安全性の根拠は計算量の困難さではなく、量子もつれや、輸送される未知の量子状態を完全に複製あるいは測定することが不可能であるという物理法則に置かれる。ETSIのISG QKDが用語、実装セキュリティ、相互運用性の仕様を策定している。
量子系、量子的な性質、または量子現象を用いて物理量を測定する技術の総称。SQUID磁束計や原子時計が古くからの例で、近年はスピン量子ビット、捕捉イオン、磁束量子ビットが共通の基盤となっている。固体中スピンではダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)中心が最も注目され、磁場や温度などの測定に使われている。
光ファイバ中の損失が距離に対して指数関数的に増えるために制限される量子通信の到達距離を、伝送路を短い区間に分割し、区間ごとに生成したもつれを順次接続することで延伸する装置である。量子メモリとエンタングルメントスワッピングを主要な構成要素とする。
量子情報の最小単位。古典ビットが0か1のどちらかを取るのに対し、量子ビットは0の状態、1の状態、またはその混合を取りうる。複数の量子ビットはもつれによって単一の量子状態を共有し、1個増やすごとに表現できる組合せが倍になる。超伝導回路、捕捉イオン、中性原子、光子など実装方式に依存しない抽象概念である。
光子などが担う量子状態を、重ね合わせや量子もつれを保ったまま一定時間保持し、必要な時刻に取り出す素子である。量子中継器では、区間ごとに確率的にしか成功しないもつれ生成の時刻を揃える役割を担い、保持時間、忠実度、同時に扱えるモード数が系全体の性能を規定する。
光子や電子などの粒子が結びつき、遠く離れても測定結果に相関が現れる現象。個々の粒子がもつ性質ではなく、粒子間の関係から生じる創発的な性質とされる。光速を超える通信によるものではないと説明され、量子計算の2量子ビットゲート、量子通信、量子センシングの基盤になっている。